2007.12.18
ノロウイルスの恐怖
まさか自分がかかるとは思いませんでした・・・
最初は下痢だけだったのが、日曜の夜からおう吐しだして、あとはもうなすがままでした・・・(TT)
なぜか長崎は全国で一番ノロウイルス感染者が多いらしいです。注意しましょう。
だいぶ良くなったので、明日は仕事行けると思います。
新聞部も大事な時期なのに迷惑かけるね。
2007.12.18
まさか自分がかかるとは思いませんでした・・・
最初は下痢だけだったのが、日曜の夜からおう吐しだして、あとはもうなすがままでした・・・(TT)
なぜか長崎は全国で一番ノロウイルス感染者が多いらしいです。注意しましょう。
だいぶ良くなったので、明日は仕事行けると思います。
新聞部も大事な時期なのに迷惑かけるね。
2007.12.08
帰ってきました。疲れたー(≧≦;)
全員が無事に帰ってきたこと、そして一人一人が一生の思い出を作ってこれたことが何よりもうれしいことです。
韓国のガイドさんが言ってました。
「日本の修学旅行は先生方で決められたコースをまわり、生徒たちはその通りに従うというのがふつうです。でも長崎日大の修学旅行はバス長や班長が率先して動き、1日自主研修など自分たちで考えて行動しています。先生方が生徒を信用していないとできないし、生徒たちもその信用に応えていますね。」
最高のほめ言葉です。
確かに板門店見学でも、厳しいことで知られる専門ガイドさんたちが「こんなにしっかりと話を聞いてくれて感激した。」とおっしゃってくださいましたし、1日自主研修でも集合時間に遅れてきた生徒はいたものの、地下鉄の乗り間違え程度のことで、それも朝手渡した携帯電話でしっかり連絡がとれていました。学校交流会も外国の友達がたくさんできたし、班長会議も団長を中心にしっかりとできていたようです。とにかく生徒たち自身がよく動いた修学旅行になったと思います。
生徒たちも非常に満喫したようで、最後はガイドさんと涙の別れもありました。
今夜は久しぶりの自宅でゆっくりと休んでいることでしょう。
帰りのバスの中で「家の人にちゃんと感謝の気持ちを言いなさい。そして楽しかったこと、考えさせられたことなど土産話をしてあげなさい。」と言ったけど、してるかねぇ・・・(^^;)
そうそう、号車別研修で、うちの号車は冬ソナのロケ地ナミソムに行ってきました。メタセコイアの並木道で集合写真を撮ろうというのがクラスの(個人的・・・)目標だったので、それが叶ってよかったです。みんな大はしゃぎでした。
2007.12.02
いよいよ明日から修学旅行で韓国へ行ってきます。
事前準備で2ヶ月前から本当に忙しい毎日でした・・・。
班編成、スケジュール調整、事前研修、しおり作成などなど・・・。
あとは実りの多い旅行になることを願うばかりです。
「生徒が主役」という本校の教育目標から、今回の修学旅行でも班長会議は生徒が自主的に運営するようにしています。今日の反省、明日の予定、質疑応答などすべて生徒団長を中心に執り行われ、教員は別室で待機します。生徒たちに自主性と責任感を持ってもらいたいとの考えからです。リーダー研修の意味も含んでいます。また学校交流会でも生徒代表挨拶、出し物など生徒たち中心で行われます。ぜひ成功させたいと思っています。
さて、韓国に行く前にやっぱり和食を食べておこうと昼食に「拓どん」行ってきました。
まえまえから紹介したいと思っていた「拓どん」のうどん。ショウガが利いたスープは一気に飲みほせます。今日も満席で15分待ちました。だいたい午後3時前には売り切れて店じまいします。国道34号線、諫早市久山にあるのでぜひご賞味ください。
2007.11.25
11月下旬とは思えないくらい暑い日差しが照りつけた決勝戦。
全国高校サッカー選手権初出場をかけ、決勝に臨んだ我らが日大イレブン。
終始押し気味の試合展開で、いつ点が入ってもおかしくない状況だったのですが、何が起きるかわからないのが高校サッカー。試合が終わった後の選手たちの、膝から崩れ落ちる姿が今も脳裏に焼きついています。とても残念でした・・・。そしてお疲れさま。
さて、全国高校サッカー選手権は協賛がついたり、決勝がテレビ中継されるなど、甲子園と並ぶ大イベントです。新聞部はピッチに入り写真撮影等取材を行っていたのですが、普段はお目にかかれないものを目にすることができました。
そのひとつ、ハーフタイムにNIBのマスコットキャラが踊っていました。
なんとも暑そうな着ぐるみたちでした・・・
もと日本代表の高木琢也さんや小峰監督もいらっしゃいました。
NIBの佐藤アナや千北アナの姿も見えました。
千北アナウンサー、きれいな方でした・・・
2007.11.09
普賢岳です。
ということで11月8、9日と島原に出張でした。
とはいっても開催県ということで交通整理係という大役を仰せつかり、島高グラウンドの臨時駐車場で車の誘導してました(^^;)
その合間合間に研究発表や講演を聴くこともでき、とくに「平家物語とことばの力」という早稲田大学教授の大津雄一先生の講演はとてもおもしろかったです。また「国語表現」の興味深い授業報告もあり、有意義な2日間でした。
交通整理係は早朝からの仕事だったので、気合いを入れて家を出発したら予定時間の1時間前に到着・・・。しょうがないので島高周辺をぶらぶらしてました。
朝焼けの島原城もきれいでよかった。
P.S 吹上高校の中村先生、お元気ですか?
2007.11.03
2007.11.01
「オレ流」が非難されることもある落合監督だけど、彼は自分が何をなすべきかを真剣に考えて行動する。選手時代からそうだ。「そんな打ち方じゃだめだ」と言われても、自分が納得いくやり方を最後まで貫いた。そして三冠王を3度も獲った。今年の彼の目標は日本一になること。そういう性格だから非情にもなる。
一見、人の言うことを聞かない態度が誤解を招くこともあったが、彼の努力は並大抵のものではなかった。そして選手のことを、プロ野球のことを誰よりも考える人だ。
日本人初の1億円プレーヤーとなったときも、大リーガーとプロ野球選手の年棒の差を嘆き、自分が年棒を上げることで道を開くんだと説明した。
そんな落合選手が中日の監督になって、昨年セ・リーグ優勝したときインタビューで泣きながら「選手を信じていました」と話した。ところが日本シリーズではヒルマン監督率いる日ハムに1勝4敗で敗れる。ヒルマン監督はインタビューで「シンジラレナーイ」と叫んだ。対照的なインタビューだった。
そんなことがあっての今年のシーズン。1月に中村紀を獲得(というより救った)。オフシーズンのいざこざがあって中村紀は野球に対して真摯に向かうようになり、ドラゴンズに恩返しがしたいと真剣に練習に取り組んだ。
リーグ優勝こそ逃したが、昨年の苦い経験から短期決戦の戦い方を学んだ中日は強かった。阪神、巨人を全勝で勝ち抜き日本シリーズ出場権を獲得する。しかし東京ドームでは胴上げをしなかった。「リーグ優勝したのは巨人なんだから。」と早々に引き上げた。巨人ナインやファンを気遣った行為だった。
日本シリーズ最後の試合はダルビッシュ相手に1-0と守り抜いての勝利だった。地味ながら堅実な守って勝つ野球だ。テレビ中継もなかった。(テレ東であったのかも)どっかのボクシングは放映するのにテレビってだめなメディアだなと思う。
インタビューで落合監督の「もう泣きません」という言葉と、それとは逆に号泣する中村紀が印象的だった。
中日、日本一本当におめでとー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2007.10.27
2007.10.26
2007.10.20