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無題

2007年10月13日20時24分

僕は大学を卒業して、S高校で一年間講師として教壇に立った。

何もわからない新米教師だった自分に、教師とはどうあるべきかを教えてくれたのが博多屋先生だった。「何よりもまず生徒のことを第一に考えろ」。先生の口癖だった。同郷ということもあってか、先生は僕を家に呼んでごちそうしてくれたり、釣りに連れて行ってくれたり、ほんとうにかわいがってくれた。

S高校は小さな学校で、博多屋先生は理科教師ということもあって成績処理などでいつもパソコンの前に座っていた。パソコンデスクに座る先生に相談に行く…という当時の風景が今でも頭に浮かぶ。

先生は学生時代ラグビーをしてたこともあってがっしりとした体格をしていた。冗談が好きでよく周りの人たちを笑わせていた。その冗談がとても子供っぽくて好きだった。

何よりも生徒のことを一番に考え、「生徒がかわいそうだ」が口癖だった。怒ると怖いが、とても優しい先生だった。生徒たちもとても先生を慕っていた。

本当にとても頼りになる先生だった。

僕の送別会のときに、まるで自分のことのように泣いてくれた。

絶対に忘れない。

日大にきてめまぐるしい生活が始まると、先生とは疎遠になった。「あいつは家にも来なくなった」とぼやいていたらしい。年賀状のやりとりはあったが会うことはなかった。どうしても教師として一人前になるまでは先生に会う気になれなかった。今思うとくだらないことだと思う。

博多屋先生が亡くなったという連絡を受けたのは、亡くなってすでに5日目だった。

信じられなかった。まだ48才。

授業を終えて廊下に出たところで苦しくなって倒れ込み、そのまま救急車で運ばれたらしい。

心筋梗塞だった。

あまりに突然のことに、奥様もわけもわからず病院に向かったらしい。左心房の一番大事な箇所が詰まっていたらしく、すでに手の施しようがない状態だった。

連絡を受けた次の日、ご焼香をあげにご自宅を訪問した。仏壇に飾られた遺影を見てもまだ亡くなったことが信じられない。あの笑顔で「待ってたぞ。やっときたか」とドアを開けて出てきそうだった。奥様からいろんな思い出話をきいた。奥様とのなにげないやりとりの中の先生の言葉がとてもおもしろく、情にあふれ、人となりを感じさせるもので、思わず涙が出てきた。「先生、早いですよ…」心の中で何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返した。

今でも思い出すだけで悲しくなる。そして同時に、この数日、博多屋先生の考え方が生徒と接する中でちょこちょこ顔を出すようになった気がする。

「生徒のことを第一に考えろ」

天国からそう言われているような気がする。

博多屋先生、本当に本当にありがとうございます。

ご冥福をお祈りします。

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